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61年間誤報道され続けた戦陣訓の真実

1 :真実史観:2006/12/16(土) 14:05:43 ID:YnUygy6L
戦陣訓の「虜囚」は「敵国の捕虜」の意味では無い、日本国による虜囚の意味だ。

1941年(昭和16年)1月8日、当時の陸軍大臣・東条英機が発案し示達(じたつ)
した、陸軍軍人としてとるべき行動規範を示した道徳書。将兵の道義向上のため
に示された軍人の道徳実践綱領。敵兵や住民に対する配慮、軍人の道徳実践、思
想戦への注意が強調されている。文書の内容はキリスト教徒島崎藤村が起草等に
参画した。戦陣訓は陸軍軍人だけに示達された。海軍は、示達無し。もちろん国
民は知る由も無い。
戦陣訓
『第八 名を惜しむ 
 恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふ
べし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。』
『第八 名を惜しむ

 恥を知る者は強し。常に郷党「きょうとう(同郷の人々)」家門「かもん(家柄)
」の面目「めんもく(名誉)」を思ひ、愈々「いよいよ(ますます)」奮励「ふ
んれい(はげむ)」して其の期待に答ふべし。生きて(生きてる時も)「虜囚の辱
め」「りょしゅうのはずかしめ(軍人が罪禍を犯し、日本国にとらわれ、軍人とし
て恥ずかしい汚名を負うこと。)」を受けず、死して(死んでも)罪禍「ざいか
(法律や道徳に背いた行為)」の汚名を残すこと勿(なか)れ。』補筆蘭生
詳細は下記
http://www.tofu-ryohin.co.jp/siten.htm


2 :真実史観:2006/12/18(月) 13:18:38 ID:vEmHTpBP
戦時下、陸軍、海軍、国民の、ほとんどの人が戦陣訓の内容を、知らなかった。

安岡章太郎の発言(『私の中の日本軍』下巻P.340)

『戦陣訓』に戻って言えば私自身も一年半の軍隊生活で、『戦陣訓』を強制的に
読まされたり、講義されたりしたことは一度もない。それは軍隊内で、いわば体
よく無視されていたと言えるだろう。しかるに現代のマスコミは、なぜ『戦陣訓』
を重視したがるのか?それは山本氏も言うように『戦陣訓』は実は当時のマスコミ
にかつぎ上げられてマスコミの中だけで拡まっていたものであり、それは現代のマ
スコミにも体質的に通い合うものがあるからではないか。

陸軍で小隊長を務めていた経験のある司馬遼太郎「そんなものがある位の事は知って
いたが、特に意識もしなかったし、暗誦させられたこともなかった」とエッセイで
語った。
兵士でさえこの程度である、市民にいたっては、ましてや婦女子にいたっては、知る
由も無い。知らない戦陣訓で自決など不可能なのだ。市民が恐れたのはマスコミが流
す過剰報道鬼畜米英だったろう。サイパン、グアム、沖縄市民婦女子の自決の原因は、
マスコミが流す過剰報道鬼畜米英であったと言っても、けして過言ではない。民間人
自決の原因を、戦陣訓と東条に責任転嫁し、戦後マスコミが扇動したのは、この負い
目があったからだ。負い目払拭のため、マスコミは歪曲宣伝に傾注した。戦陣訓、東
条英機には全く罪など無いのだ。

私が調べても、戦陣訓を知ったのは戦後マスコミの報道でと言う方々ばかりだ。
先人に責任転嫁し、いつわりの戦陣訓を掲げ、先人を罵倒するのはもうよそう。
物事の基準は真実だ。

日本の近代史は逆が真実と言っても良いほど、捻じ曲げられました。子孫に真実を
残したいと思っております。真実を流布しましょう。


3 :真実史観:2006/12/22(金) 10:30:37 ID:SBOwgPoP
戦陣訓
『第八名を惜しむ
恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。
生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。』

軍人が敵の捕虜になる場合は、投降と負傷の二つがある。投降の時は敵国の捕虜と
なり、虜囚の辱となる。しかし気を失ったり、動けない負傷者は、自らの意思で動
けないのだ。気を失ったり、動けない負傷者までもが捕虜にならず、死ねと言うの
か、動けない兵士に出来るはずが無いのだ。こんな無茶苦茶な実現不可能な命令は
成り立たないので、古今東西無い。ここの訓「くん(教え導く事)」は投降兵への
訓だけで。この動けない兵士への訓がない。虜囚=敵国の捕虜とするなら、動けな
い兵士への訓も、ここに存在しなければならない。なぜなら訓とは、そういうもの
を教えるものだから。

なぜ虜囚を用いたか?。類語には、囚人、囚徒、獄囚、囚人(めしうど)、虜囚、
囚虜、捕虜、俘囚(ふしゅう)、俘虜(ふりょ)、とりこ、がある。誇り有る軍人
の訓だ。生きて囚人の辱、とは余りにあからさまで、使えない。やはり、格調高く、
生きて虜囚(とらわれた人)の辱、しかない。しかし、この格調の高さが、婉曲

表現となり、あいまいさとなって、つけ込まれ、マスコミの歪曲(つまみ食い報道)
の起因となった。兵士の中にも、つまみ食い読みをしたものがいた。この項最終章の
「カウラの大脱走」だ。格調の高さが、婉曲表現となり、あいまいさとなって、悲劇
を生んでしまった。

『以上述ぶる所は、悉「ことごと(全て)」く勅諭「軍人勅諭」に発し、又之に帰す
るものなり。』と「戦陣訓」末尾に明記されている。明治天皇の「軍人勅諭」に一切
明記の無い(降伏禁止)を、臣(家来)東条英機が「戦陣訓」に記載できる訳など、
皆無なのだ。
詳細は下記
http://www.tofu-ryohin.co.jp/siten.htm

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